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金子眼鏡と 仕事と 人と

2025.06.12

金子眼鏡店 グランデュオ蒲田店 店長

石橋恵美子


 


石橋恵美子1
金子眼鏡店グランデュオ蒲田店は、JR蒲田駅の駅ビルリニューアルと同時に、2008年4月、西館6階にオープンした店だ。当時の屋号は「COMPLEX」。金子眼鏡が新業態の「金子眼鏡店」第1号店を羽田空港国際線旅客ターミナルに出店したあと、間もなくグランデュオ蒲田店も「金子眼鏡店」を冠した店に衣替えした。蒲田は羽田空港へ向かう玄関口の街でもある。
ここで4代目の店長を務めているのが石橋恵美子だ。蒲田での勤務歴は12年を数え、今ではすっかり顔なじみの存在になっている。
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自分を主張するのは苦手だった

石橋は自分から前へ前へと出て行くタイプの人間ではない。中学生時代に母親に先立たれたため家事を率先してこなすのが日課となり、今で言うヤングケアラーのような日々の延長で、将来に淡い夢を抱くこともなく学生時代を過ごした。悲しい顔をしない、心配させないなど、周囲への気遣いから自分を抑制する習慣が身にしみついた。
大学卒業を間近に控え、頭を痛めていたのが就職活動だ。就職氷河期が長く続いてきた時期のことで、採用されれば真面目にコツコツと働ける自信はあったが、沢山の就活生が居並ぶなかで、面接官にずば抜けた好印象を与えるような自己アピールはできそうにない。そこで普通の就活をせずに済む、中小眼鏡チェーンに応募、すんなりと採用が決まった。自分の眼鏡を新調する機会があり、「眼鏡屋さんで働くのも良いかも」と思ったのがきっかけだった。

この眼鏡チェーンには3年間勤めたが、将来に希望がもてる会社ではなかった。いわゆるスリープライスショップと呼ばれる低価格品が中心の品揃えで、商品に特段の魅力が感じられなかったことも転職を考え始めた理由だ。そこで在職中に東京眼鏡専門学校の通信講座を受講、プロの販売員として専門知識を身につけた上で、別の眼鏡チェーンを探すことにした。
そんな時に知人から紹介されたのが金子眼鏡だった。金子の存在は知らなかったが、おしゃれなデザインのフレームが揃っていることを知り、「ここで働きたい」という憧れ交じりの気持ちが湧き上がってきたという。

最初に配属されたのは東京ディズニーリゾートのすぐ側にある「アーバンセレクション」イクスピアリ店 (現 「KANEKO OPTICAL」イクスピアリ店)。石橋は「以前とはずいぶん違って、お客さんとの対話を重視したお店なんだな、というのが第一印象でした。スタッフは接客に手慣れたお兄さんたちが多く、ファッションセンスは抜群だし、それぞれが自己流の接客スタイルを確立していて、キャラクターの濃い人たちが集まった感じでした」と当時を述懐する。
みんなのことは大好きだったし、イクスピアリ店での5年間は楽しい思い出だが、当初は「個性豊かなスタッフが勢揃いするなかで、自分にはどんな持ち味が出せるのだろう」と、悩んだ時期があったという。ほかのスタッフのように、初見のお客さんとすぐに親しくなれるタイプではないし、豊富な話題を交えた面白みのある接客もできない。

そんなとき、ハタと気づいたことがあった。「キャラの強いスタッフが接客する場合は、どうしても、お客さんにとって相性の合う・合わないが出てきてしまう。誰かにとっては100点だったとしても、別の誰かからは30点の接客かもしれない。だったら私は、どんなお客さんから見ても70点を出し続けられる接客をめざしてみよう」と。
みんなと同じ土俵で勝負しなくてもいいと、自分なりの立ち位置を見つけ出した瞬間だった。そして、背伸びをしない自然体の接客に活路を見出した石橋の良さが生かせる場所として、異動を打診されたのが蒲田店だった。
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辿り着いたホームグラウンド、蒲田

蒲田は、古くは映画スタジオのある街として知られ、戦後は世界に冠たる技術を誇る町工場が活況を呈してきた街だ。羽田空港へのアクセスを担う京急蒲田駅とJRの蒲田駅の間には賑わいのある商店街があり、周囲には昔ながらの銭湯も点在している。年季の入った飲食店や大衆居酒屋が数多く建ち並んでおり、都心部への通勤に便利な住宅地といった趣もある。

石橋自身、葛飾区で生まれ育ったことから、下町風情が残る蒲田は自分にフィットする居心地の良い街だった。客層はほとんどが地元に住む人々で、典型的な地域密着型のお店だ。「瞬発力のある接客ができないのは今も同じですが、一人ひとりのお客さんに寄り添えるお店なので、とても自分の性に合っている気がします。ここに着任して3年ぐらい経ったころには、顔なじみのお客さんがずいぶん増えてきた実感がありました。別に用事がなくても、ふらっとやってきて声をかけてくださる年配の方もいます。ちょっと落ち込むようなことがあっても、それだけでフッと心が軽くなりますね」

蒲田は一度住み始めたら愛着が湧いて住み続ける人が多いらしく、お客さんとは5年10年の長いお付き合いになる。売って終わりではなく、その後のメンテナンスも含め、お客さんとの末永い関係づくりを大切にする金子眼鏡の姿勢を体現する店の一つでもある。
「高校生の時に親御さんに連れられて初めて来店されたお客さんが、社会人になったから眼鏡を新調したいと来店され、しばらくしたらご夫婦で来店されたことがありました。お子様連れのお客さんの場合は、お会いするたびに子供さんがどんどん大きくなっていくのが分かります。そんな歳月の積み重ねが愛おしく感じられるんです」と石橋は嬉しそうに言う。家族のライフヒストリーと間近に接することができる距離感の近さは蒲田店ならではの魅力だ。さらに石橋は、「都心の店だと、出かけるときの身なりをちゃんとしなくちゃ、とか緊張感が伴う場合があると思いますが、眼鏡は日常生活で毎日使うものですから、日常の延長で気軽に立ち寄れる地元の店はとても貴重な存在だと思います」とも言う。
金子眼鏡店グランデュオ蒲田店

「店長」に見られなくても気にしない

石橋が蒲田店に着任してから丸12年。これだけ一つの店で勤め続ける例は珍しい方だ。この間には店長に抜擢されたが、「5年ほど前のことだったか、実は正確な時期を覚えてないんですよ」と苦笑いを浮かべる。それもそのはず、スタッフから店長に昇格して任務は増えたものの、働き方がとくに変わったわけではなく、今もスタッフ時代と同じように店頭に立つ。部下に相当するスタッフはほぼ固定のメンバーで、気心の知れた仲だ。なかでも男性のスタッフは饒舌なトークが得意なタイプで、彼を目当てに来店するお客さんも少なくないという。

「良くも悪くも、眼鏡屋さんの店員は男性というイメージがありますよね。だから彼が店長だと思っているお客さんの方が多いだろうなと思います。でも私はそれで全然構わない。何よりも大切なことは、お客さんが気持ちよくお買い物できていること、お店がうまく回っていること。常にお客さんの視点に立って、お店全体を見渡すようにしています」そうやって店内を見ると、いろいろ気づくことも多い。石橋は片付けや整理整頓が得意で、陳列の乱れもすぐに修正して店をキレイに保っている。これも石橋ならではの目配り、気配りの一例だ。

そんな石橋の働きぶりについては、「安心感があり、お客さんに寄り添えるタイプ」、「年配のお客さんともペースを合わせられる」、「素朴な笑顔が良い」など社内での評判は上々だ。本人がそれを聞いたら、肩をすくめたりするのだろうか。
石橋と蒲田店、そして蒲田の街との蜜月関係は、まだしばらく続きそうだ。


PROFILE

石橋恵美子/Emiko Ishibashi

東京都葛飾区出身。2005年に私立武蔵大学を卒業したあと、スリープライスショップの眼鏡チェーンに就職、働きながら東京眼鏡専門学校の通信講座を受講し、2008年3月に金子眼鏡に転職した。「アーバンセレクション」イクスピアリ店 (現 「KANEKO OPTICAL」イクスピアリ店)での勤務を経て、2013年に金子眼鏡店グランデュオ蒲田店に異動。その約7年後に店長となった。趣味は一人旅や読書など。好きなミュージシャンはハナレグミ。