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金子眼鏡と 仕事と 人と

2021.09.20

金子眼鏡店 柏高島屋ステーションモール店 店長

香西久実子


 


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このインタビューの最中、質問の合間に彼女はふとつぶやいた。「私、ちゃんと伝えられているかな...」
不安げな表情でおもむろにノートを出してページを開くと、そこには今回の取材で自分が伝えたいことを明確に書きまとめたレジュメがあった。「こういう(取材)経験があまりないし、うまく伝えられる自信がなかったので、とりあえず全部書いてきました(笑)。これまで眼鏡の職人さんやデザイナーさんが登場して話した内容に比べると、おそらく私の話は薄いし浅いと思うんです。でも、私の立場だからこそ伝えられることがきっとあると思って、準備してきました」これこそが香西久実子の人となりを見事に表している。不安だから、心配だから、いつだって用意周到・準備万端。そして先回りして物事を見る。プロの販売員として、また接客のプロとして。これが彼女の最大の強みだ。

千葉県柏市の柏駅 駅ビルと一体となっている複合商業施設・柏高島屋ステーションモールに入居する金子眼鏡店。そこで店長を務める香西久実子は今年で入社7年目。アルバイトとして入社し、その後社員登用。2019年秋から副店長となり、翌年に店長へ昇格した。「アルバイトとして入って3ヶ月目くらいだったと思うんですけど、初めて金子社長にお会いしたんです。そのとき、社長にきっぱりと『私、店長になります』と宣言したんです。なかなかお会いできる人じゃないので、会ったら直接言わなきゃと思っていました。社長は『別に急がなくていいよ』と言いながら、『若いのは勢いがあるな!』と(笑)。いま思えばめちゃくちゃ恥ずかしい思い出です」しかし、この宣言は決して勢いにまかせて言ったことではない。本気で店長になりたい。いや、ならなきゃいけないという思いがあってのことだった。
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魔法のように魅せられて。

2015年。香西は、全国百貨店の地下食品フロアを中心に展開する大手惣菜メーカーに社員として3年間勤めたのち、金子眼鏡へ転職した。でも、当時最初の1年間はアルバイト採用という条件だったので正直迷いました。大学に4年間通わせてもらって、せっかくいい会社にも就職できたのに辞めることになって、今度は別の場所でアルバイトとして働くことに、親に対してかなり申し訳ない気持ちになって。だから働くなら、社員登用にとどまらず、もう店長になるしかないと。そこはかなり強く思っていました」

香西が金子眼鏡を転職先に選んだことにも大きな理由がある。転職する1年前のある日、休日がとれた香西は母親を連れて柏高島屋ステーションモールへ買い物に出かけた。そこで何の気なしに入ったのが金子眼鏡の店舗だった。「ずっと外に出るときはコンタクトレンズが中心でしたし、昔から眼鏡という道具に対してネガティブな印象を持っていたんです。何をかけても地味な顔になったり、いわゆる女教師みたいになったり(笑)。でも、ここの眼鏡は全然違った。眼鏡に対する印象が180度変わりました。眼鏡が好きになったおかげで以前よりも服が好きになったし、それ以降は眼鏡をメインとして自分の身なりを考えるようになった。結果的に初めてここで眼鏡をつくったあと、1年のうちに3〜4本はつくりました。それだけ魅了されましたね」

香西は商品だけではなく、むしろそれ以上にここの店づくりに魅せられた。店員と客という関係で交わされる何気ない雑談が、なぜこの店ではこんなにも心地いいのか。今日は眼鏡を買うつもりで来たわけじゃないのに、なぜ店員との他愛もない雑談の流れから「あ、この眼鏡ほしい。買っちゃおうかな」といつの間にか悩んでいる自分がいるのか。それはまるで魔法のようで、多くの物販店を見てきた彼女にとっても、この店の接客力と商品力は抜きん出ていた。そして転職を考え始めたとき、こんなにも魅力的な店づくりができる企業とは、果たしてどんなところなんだろうと気になりだし、気がつけば転職サイトに掲載されていた金子眼鏡にエントリーを出していた。
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やらなければならないこと。

それから7年の時を経て、金子眼鏡が大好きな一人の客・ファンから、売る側へ、しかも店長へと大きく立場が変わった。それでも、香西が理想として見ている景色は、あの頃に羨望の眼差しでみていた金子眼鏡だ。「入社してから、初めてのお客様を接客するときは『あの頃のわたしと同じような出会いになりますように』と常に願っていました。もちろん、いまもそうです。そういうお客様が一人でも増えてくれたら、こんなに嬉しいことはないです。あんな素敵な出会いをくれたあの頃の店の凄さに少しでも近づきたいし、追い越したいという気持ちは店長としての指針の一つになっています」

店づくりの先頭にいる立場となった香西には、まだやりたいことが山ほどある。その中でも大きなミッションが、女性スタッフにとっても職場環境をより良くしていくことだ。「入社したての頃ですが、実はその頃が一番つらかったんです。周りはわりと職人気質な男性が多かったので、見て覚えろじゃないけど、今何が出来て、何が出来ていないのかなど明確に見えず不安になることもありました。気になっていることも細かなことを言うようで気が引け、相談できる相手もいないように感じていました。なので、自分が教える立場になってからは社員教育も自分自身がきちんと把握しリストを作りました。計画的に進め、悩んでいるスタッフが孤立しないように気を配ることができるように。いまは女性スタッフも増えましたが、これからもあの時自分が入社してしばらく苦労したり悩んだことを反省材料として活かしていけたらと思います」

実のところ、香西は今秋より産休に入り、しばらく現場を離れることになる。志半ばだけに、余計に葛藤もある。決してなまやさしい現場ではない。また、場面によってはタフなメンタルを要求されることもある。そんな職場で、「ここの眼鏡が好き」「ここの店が好き」「接客が好き」など、何かしらの「好きの共通項」をもった仲間が、もっと働きやすい環境をつくりたい。そんな香西の思いはこれからもずっと変わらない。それが出来るのはまぎれもなく、金子眼鏡を愛する一人のファンであり、また女性として孤軍奮闘してきた経験をもつ香西自身だ。


PROFILE

香西久実子/Kumiko Kozai

兵庫県西宮市出身。4歳から千葉県松戸市に暮らし、地元の高校を卒業後に学習院女子大学に入学、国際文化交流学部・日本文化学科を専攻。大学卒業後、大手惣菜メーカー勤務を経て金子眼鏡へ転職。2015年より金子眼鏡店柏高島屋ステーションモール店のスタッフとして配属され、2020年春に店長となり、店舗運営の舵を握る。