金子眼鏡は1998年から国内での直営店展開に着手すると共に、欧米の展示会に自社製品を出品、海外輸出の第一歩を踏み出した。やがて香港や韓国などアジア地域でも金子眼鏡の製品が店頭に並び始めるが、中学生のときに香港のファッション雑誌で紹介された金子眼鏡のフレームに目を奪われ、運命の赤い糸を手繰り寄せるように金子眼鏡で働き始めた男性がいる。金子眼鏡店 銀座店に勤める羅方謙(ら・ほうけん)だ。
「日本の眼鏡職人シリーズ」に魅せられて
羅が関心を寄せたのは、金子眼鏡が1997年に発売を開始していた「日本の眼鏡職人シリーズ」だった。鯖江の眼鏡職人が培ってきた匠の手業を後世に継承すべく、金子眼鏡が伝統的な製法とモダンなデザインを合体させて創り出したシリーズだ。
横文字ブランドを冠した大量生産の安価なフレームが幅を利かせていた時代に、「泰八郎謹製」や「恒眸作」などに代表される同シリーズは異彩を放ち、新しいトレンドに敏感な若者を中心に注目を集めていた。香港にいた羅もその一人だったわけだ。
大学時代には「日本の眼鏡職人シリーズ」のなかでもアンティークな味わいを醸すセルロイド製のフレームを香港のセレクトショップで購入、それ以来コレクションを少しずつ増やしていった。いつか、金子眼鏡で働いてみたい。自分が魅せられたフレームを、海外の人々に紹介する仕事がしてみたい――。
大学卒業後に現地の建設会社に就職してからも、その思いは捨てがたく、暇さえあれば金子眼鏡に関する情報をSNSで物色していた。1年半で同社を退職したあと、羅は意を決して日本に留学し、ネットカフェでアルバイトをしながら新宿の日本語学校で日本語会話のスキルを身につけた。実際に金子眼鏡の店を訪ね歩き、青山店やKITTE丸の内店で眼鏡を買い求めたのもこのころだった。
日常会話が一通りこなせるようになった羅は、定職を求めて就職活動を開始。第一候補と考えていた金子眼鏡での採用が早々に決まったことから、他の応募先は全てキャンセルし、就労ビザを取得した。
最初に配属されたのはKANEKO OPTICAL 新宿マルイ本館店(現在は閉店)だった。「日常会話ができるようになったとはいえ、接客時の言葉遣いは独特ですから、最初はとても緊張感が強かったことを覚えています。でも、良いお客さまに恵まれたこともあって、少しずつ接客にも慣れることができました。何事も時間と経験が必要ですね」
そして新宿マルイ店では、接客の極意を当時の先輩スタッフから教わったとも言う。「それは嘘をつかないことです。お客さまが選んだフレームが今ひとつ似合っていないと感じたら、お世辞で『お似合いです』と言うのではなく、もっと似合いそうなものを提案すること。そしてレンズを選ぶ際には、それぞれのメリットとデメリットをキチンと説明すること。お客さまに信頼していただくためには、とても大切なことだと教えていただきました」
お客さんのニーズを素早く掴む
羅が勤め始めたのは2018年1月。ちょうどインバウンド(訪日外国人観光客)が急速に増え始め、様々な国籍のお客さんが店を訪れ始めたころだ。羅は中国語(標準語や広東語)はもとより、英語や日本語も話せるマルチリンガリストとしての特性をいかんなく発揮。どの国のお客さんが来店しても概ね対応できる販売スタッフとして評価を確立した。その手腕が買われたのが、2018年12月に開店した金子眼鏡店 銀座店のオープニングスタッフへの起用だった。
銀座店は高級ブランドショップが建ち並ぶ銀座6丁目エリアの、銀座すずらん通りに面した場所にある。周辺ではすでに有楽町側で路面店の丸の内仲通り店を構え、東急プラザ銀座にもテナントとして出店していたが、銀座のど真ん中では初めての路面店。「金子眼鏡店」という店舗ブランドを高みに導くための、満を持しての銀座進出だった。
銀座店には日本人のお客さんだけでなく、多くの訪日外国人観光客がやってくる。金子眼鏡の名前は海外でも少しずつ知られ始めており、成田や羽田に降り立ってホテルで荷を下ろすや、銀座店にまずは直行してフレームとレンズを注文、日本各地で観光を堪能したあと、仕上がり品を受け取って帰国するという観光客も少なくない。
羅が心がけているのは、来店したお客さんが何を重視しているか、お客さんの立場になって考え、それを接客に反映すること。例えば日本人のお客さんの場合は時間をかけて品定めする傾向があるが、海外からの観光客はテキパキと選んで、早く目的の観光地に出かけたい人が多い。相手が望んでいることを素早く察知し、接客方法を柔軟に変えることができるのが羅の持ち味だ。お国柄によって好まれるデザインが異なることや、海外のお客さんがフレンドリーな対話を好むことも、日々の接客から学び取って自分のものにした。
そんな羅の接客はお客さんの満足度も高いと見え、SNSなどには様々な言語で羅への感謝の言葉が綴られている。その書き込みを見て、羅を目当てに銀座店を訪れる外国人のお客さんもおり、SNSでの評判が来店客増の好循環をもたらしている。
上海や香港での出店を横目に睨みながら
金子眼鏡は国内での直営店展開を加速させる一方、2021年12月に中国法人の「金子眼鏡(上海)有限公司」を設立し、現地での事業拡大に向けた布石を打った。直営店の出店先に狙いを定めたのは、中国経済の中心地、上海だ。
上海といえば2010年の上海万博を契機に黄浦江の東側に再開発された超高層ビル街(浦東新区)を思い浮かべる人も少なくないだろうが、金子眼鏡が適地と睨んだのは歴史ある黄浦江西側の旧市街。英国人やフランス人などの租界(外国人居留地)として欧風の街並みが形成され、その後中国人の居住も許されて発展してきた地域だ。落ち着いた佇まいを見せる商業地として魅力は十分で、ここに2023年4月以降、合計3店舗を出店した。さらに2024年11月には、香港1号店となる金子眼鏡店 Pedder Arcade店をオープン、アジアでの果敢な出店攻勢が緒についた。
中国進出に先立っては、社内で今後の海外戦略に関する説明会を行い、現地での勤務希望者を公募、羅も名乗りを挙げた経緯がある。結果的には店舗マネジメントの経験が豊富な社員一人が中国へ赴任することが決まり、羅は次のチャンスを待つこととなったが、中国・香港での果敢な出店は羅にとって大いに刺激材料になっているようだ。
「もともとは金子眼鏡の貿易関係の仕事に興味を抱いたのが最初でした。いつの日か、中国や香港の店で接客にあたるのも良いなと思いますし、その前に日本各地の店舗でマネジメントの経験を積むことも自分の糧になると思います。会社が成長しているので、自分の将来のキャリア形成に向けて、いろんな可能性を感じているところです」
羅が金子眼鏡にどのような爪痕を残していくのか、将来がとても楽しみだ。
PROFILE
羅 方謙/Lo Fong Him
香港出身。2014年に香港理工大学を卒業後、現地の建設会社に就職。日本で働くことを志し、新宿の日本語学校に留学、ネットカフェでのアルバイト経験を経て2018年1月に金子眼鏡に入社した。KANEKO OPTICAL 新宿マルイ本館店での勤務を経て同年12月から金子眼鏡店 銀座店に勤務。日本語能力試験N1に合格したほか、TOEICで980点の高スコアをマーク、語学力に秀でたマルチリンガルを接客に生かす。趣味はラーメン店巡り。