1. TOP
  2. CULTURE
  3. めがねのある暮らし / 上島達成さん

めがねのある暮らし

2023.02.20

上島達成さん

珈琲店 店主


 


上島達成さん
京都市左京区一乗寺。春になると桜並木がひときわ美しい疎水通りの一本道。その道沿いに小さくかわいらしい1軒のコーヒー屋がある。店の名は『おうちでコーヒー るるる』。常連客でもないのに思わず「るるるさん」と声に出して呼びたくなる、一度聞いたら忘れられない名前だ。「まだ店を始める前、店名もないような頃にイベント出店するとき、運営の方から急に『店の名前を登録しなきゃいけないから明日までに考えて』と言われて。時間もないしどうしようって悩んでたら、ちょうど家にあった息子の好きな絵本『さる・るるる』が目に入ったので、じゃ『るるる』でいいかって。でもこの名前にしたあと、ちょっと恥ずかしいなって後悔した時期もあったんですが(笑)いまはもう気に入ってます。みなさんすぐ覚えてくださるので」穏やかな笑顔を見せながら、店名の由来を教えてくれた店主の上島達成さん。自宅の1Fを改築したこの店舗で、毎日焙煎した豆を売り、コーヒーを淹れ、店を訪れた人たちにひとときの安らぎを提供している。
上島達成さん おうちでコーヒーるるる

住みたかった場所は、京都。

上島さんは三重県伊賀上野市出身。中学校は大阪の全寮制の男子校で高校は三重の津市と、多感な時期を一か所にとどまることのない慌ただしい学生時代を過ごした。高校卒業後にコンピュータの専門学校を経て、親戚が起業したIT企業に就職。プログラマーとして働いた。その会社を退職したあと、今度はまったくの異分野である京都の豆腐メーカーに転職する。「今度は自分の住みたい場所を先に決めて、それからその場所で仕事を探そうと思ったんです。それが京都。で、京都といえばなんやろっていろいろ調べたら、たまたま一番最初に『豆腐』って出たんです(笑)。そこからいろいろ調べてここがいいって会社が見つかったので、もうアポなしの直接訪問。さすがにそのときは雇ってもらえなかったんですが、数ヶ月後に連絡がきて無事就職できたんです」本来であれば豆腐を製造する工場勤務を希望していたが、前職の経験を買われてネットショップの構築と運営の担当となった。この豆腐メーカーで働いていた時代に出会ったのが、現在の妻である夏美さん。付き合い始めてから、地元の京都出身である彼女の実家に遊びに行く機会が増えた。そこでたびたび見た光景が、その後のコーヒー店開業に大きく影響されることになる。
おうちでコーヒーるるる・金子眼鏡

「ひとの生活」をイメージして豆を挽く。

「妻の実家に行ったときに衝撃を受けたというか驚いたのが、家族みんなで食べるごはんの時間とかお茶の時間をすごく大事にしてる家だったんです、ごはんの時間になると、テーブルにランチョンマットを敷いて、箸置きを置いて、食器やら料理やらを運んで、全員で準備する。お茶の時間というのも1日2〜3回必ずあって、みんなその時間が一番楽しいって思ってるんです。その様子がすごく幸せで楽しそうで自分もその輪の中に入れてもらったとき、『ああ、こういう店をやりたいな』って思ったんです」息子も生まれ育ち、かねてから家族のそばにいる時間をもっと増やしたいという気持ちもあった。かくして8年間働いた豆腐メーカーを辞め、それ以降の2年間を店舗経営と焙煎の勉強や研究にあてた。その間、京都を代表する有名店で働きながら、レジェンドとして知られる創業者に直接指導を仰いだこともあった。数々のイベント出店などの経験も積んだ2019年、夏美さんの祖父母がかつて住んでいた空き家を改築して自宅兼店舗に建て替え、コーヒー屋の店主として新しいスタートを切った。
「焙煎については自分の五感とデータ解析を軸にしています。相反するその両方を合わせることで、より精度が上がる。まずは香りと味を自分の身体で確認して、なおかつデータも見る。そうすることでコーヒーの個性をとがらせる。それを繰り返すことで自分らしさ、この店らしさのあるコーヒーをいかにつくるかが大事だと思います」上島さんの店のコーヒーは雑味を飛ばし、さめてもおいしく飲める味を目指す。さらに「朝に飲む目覚めのコーヒー」「もうひと頑張りというときに飲む仕事中のコーヒー」「おちついた夜のひとときに飲むコーヒー」といった具合に、あらゆる生活のシーンを思い描きながらそこにマッチした豆を焙煎。よりパーソナルに深く潜り、個々に寄り添った味を提供したいと考えている。そこで重要になってくるのが、人々とのコミュニケーションだ。

「お店では目の前のお客さんが一番喜んでくれる姿を想像し、好みや体調など交わした会話から『こんなコーヒーが合うかも』と選んでます。馴染みのお客さんには新しく焙煎したものを提案したり、そんなことがすごく楽しくて。今は理論とか技術とか、こうすることが一般的とされる概念を一度取っ払って、自分がいいと思うものをひとつ一つ重ねて構築していき、ゆくゆくはうちでしか出せないコーヒーが出来上がっていけたらいいなと。究極的には一人一人焼き分けた商品をつくりたいと考えてます。そしてもっと先には、誰かに教えるくらいまで焙煎を極めていきたい。もしかすると、そこが今のところの最終目標かもしれません。それにコーヒー屋は、生産者や原産国の背景や現状も伝えていく使命もあるんじゃないかって。豆の生産者や社会的価値を伝えていき、そういった背景を知ると、何も聞かずに飲むよりさらに美味しく味わえると思うんです。だからこそワークショップにも力を入れているんです」
金子眼鏡も、実店舗での接客やあらゆる情報発信の場において、手づくりの現場の精神や息づかいを人々に伝えることを重要視している。コーヒーと眼鏡。扱うものは違えど、コミュニケーションを通じて伝えたいという思いは共通している。
おうちでコーヒーるるる おうちでコーヒーるるる・上島達成さん

眼鏡は表現であり、仕事道具。

現在、上島さんがかけている眼鏡は社会人になってから2本目のもの。この眼鏡も、1本目の眼鏡も金子眼鏡店 京都店で購入した。「最初に金子さんで眼鏡を買ったのが、たしか34歳のとき。ちょうど妻と結婚した年にふたり一緒に買いました。最初から買うなら国産がいいと思っていて、見つけたのが井戸多美男作のフレームでした。丸くてやさしい印象の形だったんですけど、これを選んだのは、まわりから見た自分がそんな印象になれればいいなと思って。気に入った眼鏡が見つかったのも嬉しかったんですけど、金子さんは雰囲気も接客も、これまで見てきたいろんな眼鏡屋さんの中でも最上位でした。だからその後も、ちょっと直してもらいに定期的に足を運ぶようになりましたね」その眼鏡がとことん気に入り、そしてできるだけ自分の印象を変えたくないという気持ちもあったので、レンズを交換しながら7年間このフレームをかけつづけた。2022年1月にそのフレームが破損したので新しい眼鏡を購入。このときは丸くやさしい印象は変わらないが、フレームのフチ(リム)を厚くし装飾を施したボリューム感のあるタイプを選んだ。いまでは、周りからの違和感もなく自分らしさを感じられる新たな愛用の一本となっている。上島さんにとって眼鏡は、自分自身の内面を表現するパフォーマンスのツールとなっているが、一方で仕事にも欠かせない道具でもある。

「コーヒー屋の店主のイメージって、結構エプロン姿を想像される方が多いと思うんですけど、自分の中ではそれはちょっと違うなって。白シャツ、ジーンズ、そしてこの眼鏡。これが自分らしい姿だと思ってるんです。それに、いままでかけていた眼鏡から急に全然違う感じの眼鏡をかけ始めると、お客さんも『あれ?』ってなると思うんですよ。お客さんとは店以外でも日常生活のシーンでばったり会うことも多いので、いつどこで会っても同じ自分でありたいなと。『あの人はいつ会ってもいつも通りの感じだよね』と言われるような。それが自分にとっては心地いいし、お客さんだって安心してくれる。それに金子さんの眼鏡はとても見やすい。僕の仕事は焙煎のときに豆の色とか状態を見ることが多いので、『ちゃんと見える』というのはとても大事。だから眼鏡も大事な仕事道具の一つなんです」。




おうちでコーヒーるるる

京都府京都市左京区高野竹屋町27-3

OPEN :  12:00 〜 17:00

定休日 :  日・月・木

https://ru3coffee.myshopify.com

instagram/ ru3coffeeplus