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技をつなぐ

2026.08.17
鯖江、ものづくりの現場から/前編



 
BACKSTAGE1

手仕事で極めるセルロイドの艶

福井県鯖江市を南北に貫く国道8号、福井バイパス。郊外型チェーン店のカラフルな看板が居並ぶなかに、黒や灰色をベースにした、ひときわシックなデザインの建物がある。外壁には無骨なロゴタイプの白い文字で「BACKSTAGE」。金子眼鏡の最初の自社工場である。
工場の中に足を踏み入れると、どこか懐かしい匂いがふわりと漂ってくる。その正体はセルロイドに含まれる樟脳だ。材料の受け入れからさまざまな加工、そして徹底した磨きによる手仕上げまで、人の手から人の手へと順々に工程を経ながら完成へと至る、一貫生産の現場が醸し出す匂いだ。

「ここではセルロイドとアセテート、主に二種類のプラスチック材料を扱っています。なかでも金子眼鏡の個性が際立つのがセルロイドでしょう」。そう言うのは、BACKSTAGE工場長の藤木良壮。セルロイドは世界で初めて実用化された合成樹脂で、日本では大正時代から昭和初期にかけて、玩具や文具などに用いられてきた歴史をもつ。
やがて眼鏡フレームの材料としても重用され始めたが、可燃性があるなど取り扱いの難しさから、効率を優先した大量生産には不向きな材料と判断され、時代に取り残されたアンティークな材料となっていた。だがセルロイドには、他の材料では得がたい独特な色味や手触りがある。そして職人の手によって深い艶が導き出されるのも魅力だ。

金子眼鏡がセルロイドに再び光を当てたのは、鯖江で半世紀にわたってセルロイドのフレームづくりに専念していた職人、山本泰八郎との出会いが始まりだった。泰八郎は耳にかけるテンプルの部分に金属の芯を入れない「ノー芯製法」という伝統的製法を継承し、フロントからテンプルまで一貫して自らの手で仕上げる。一本一本にほどこされた丁寧な磨きは、重厚なべっ甲のような手触りと質感を生み、その表面には静かな光沢と豊かな表情を宿していた。その魅力を引き出していた工程のひとつが、この「研磨」の技術だ。
BACKSTAGE2
BACKSTAGE3

研磨を重ねるごとに奥深い艶がにじみ出る

プラスチックフレームはデザインの自由度が高く、独特のフォルムや細やかなカーブ、複雑な稜線を描くのに適している。1枚の板から切り出された各々の部位は、幾重もの工程を経て徐々にカタチが定まっていくが、表面の質感はまだ粗野な状態に過ぎない。深い艶をまとった最終形が姿を現すのは、この後に続く長い研磨の工程を経てからのこと。
研磨は、大きく「バレル研磨」と「バフ研磨」に分かれる。特にセルロイド特有の艶は、この二つの工程を繰り返しながら少しずつ引き出されていく。
最初はまず、バレル研磨の部屋から始まる。ずらりと並んだ八角形の木製容器(バレル)の中にはウッドチップや竹チップ、ナイロンチップなどの研磨材料が入っていて、この中にフロント部を入れて回転させる。まるで川の流れが石を磨くように、時間をかけて傷が落ち、少しずつ丸みを帯びてゆく。回転はすべて電動で、朝昼晩と休みなく回り続ける。
「研磨材料の配合の違いで3工程に分かれます。これを見てください。ほら、少し光沢が出てきているでしょう」。藤木が取り出したのは磨き途上のフレーム。バレル研磨を始める前と比べると、確かにツルンとした手触りで、窓から差し込む外光が表面に反射し、わずかに艶が見え始めている。藤木はこれをバレルに戻すと、「明日の朝には、もう少し光沢が出ると思います。もうひと頑張りですね」とバレルをポン、と叩いた。

最初のバレル研磨を終えたフレームは、まだ完成には遠い。その先に待っているのが、人の手による「バフ研磨」だ。プラスチックフレームの質感や仕上がりの決め手となる、要の作業である。
手始めはまず房州粉と呼ばれる泥を、円盤状のバフにつけて回転させ、外周面にフロント部をそっと押し当て、少しずつ磨いていく。研磨力が強いため形状を崩さずに傷を落とすのは至難の業だ。何種類ものバフを使い分け少し磨いては磨き跡を確認し、また磨く。寡黙に繰り返されるその光景は、素材の声に耳を澄ましながら対話をするかのよう。
「簡単そうに見えるかもしれませんが、実は熟練を要する作業です。バフに当てれば光沢が出てくるのは確かですが、やりすぎると部分的にヤケが出てしまうし、仕様書とは異なる形になってしまいかねない。品番ごとに形状は異なりますから、その形状を頭に叩き込んだ上で、ていねいに磨き込んでいかないといけません」。

工場のなかでもバフ磨きが得意なスタッフは限られている。かつてBACKSTAGEでその苦労を経験し、今はGLASSWORKSにて指揮をとる工場長、木津圭介もその一人。
「プラスチックフレームは、バフに対して面で当てないと磨き残しが出てしまうんですが、この感触を会得するまでが大変でした。とくにセルロイドの場合は、アセテートよりも倍くらいの時間を要します。表面の薄皮に光沢が出ているだけではダメで、磨き込みが足りないと、どこか曇ったような印象が残るんです。磨き込んでいって初めて、セルロイド特有の深みのある艶がにじみ出してくるんです」。素材と向き合い続けた者だからこその言葉だ。

1枚の眼鏡フレームを造るためには、このバレル研磨とバフ研磨を重ねることで、長い時間を費やす。しかし丹念な手作業で艶が引き出されたフレームは、工業製品の域を超えて、どこか工芸品のような佇まいを見せる。その後、研磨を終えたフレームは検品を経て完成へと向かう。最後に施されるブランド刻印もまた、手作業の一発勝負。やり直しが利かない工程だ。
BACKSTAGE4

デザイナーが現場を体験して感じた思い

「工場に入るまでは、眼鏡づくりにこれほど手間がかかっているとは思っていませんでした」と言うのは、BACKSTAGEの2階にある企画デザイン室で働くチーフデザイナーの矢野夏奈子だ。工場が稼働し始めたころ、矢野はデザイナーでありながら3か月ほど製造現場でサンプルを作るまでの一通りの工程を体験した。中でも印象に残っているのが、やはり研磨の工程だった。
「自分ではきれいに磨けたと思っても、職人さんに見てもらうと『ここがまだ残っているよ』と言われるんです。磨く向きや力加減ひとつで艶の出方も変わるし、ヤケが出てしまうこともある。見た目以上に繊細で、本当に難しい作業でした」。
職人たちは毎日同じ工程を繰り返しながら、ほんのわずかな違いを見極めていることを実感した。
「実際に自分でやってみたからこそ、その技術の凄さがわかりました。本当に難しい作業でした」職人たちは毎日同じ工程を繰り返しながら、ほんのわずかな違いを見極めている。「実際に自分でやってみたからこそ、その技術の凄さがわかりました。本当に尊敬しています」。
現場を体験してから、完成した眼鏡を見る目も変わった。
「人の手がかかっている部分が、出来上がった製品にちゃんと表現されているところが金子眼鏡らしさだし、そこが他にはない魅力だなと思います。自分がデザインしたものが初めて製品として上がってきた時は、想像の50%アップくらい素敵に仕上げてくださって、ありがとう、という気持ちになります」。
企画と製造が同じ屋根の下にあること。それは単なる効率のためではない。人と人との距離が近く、考えや技術が行き交うこと。その積み重ねこそが、金子眼鏡のものづくりの土壌になっている。

金子眼鏡の眼鏡は今日も明日も、鯖江の地で生まれ、全国各地や海外へと旅立っていく。たくさんの方に愛され、その人生に寄り添い続ける眼鏡でありますように、と願いながら。